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| 見終わった後、何とも言いようのない不思議な気分にさせられた、不思議な映画だった。 映画解説のリーフレットなどを見ると、この映画は60年代アメリカの若者文化を見事に活写した映画として評価が高いそうな。しかし、僕は60年代アメリカ文化なんてほとんど知らないので、もしかしたら、この映画から発せられるメッセージというものの10分の1も感じることが出来ていないのかもしれない。だから、このなんともいえない気分に包まれてしまうのかも知れない。けど、なんとなくパワーは感じられる映画でした。 謝肉祭に参加するため、ひたすらバイクを駆って旅を続ける主人公ふたり。途中でヒッチハイカーを連れて行くことでその旅にアクセントが加えられている。起こる事件とすれば、最初のカトリックの家族、世捨て人の村、刑務所とアル中弁護士、謝肉祭と娼婦、そしてエンディングというところか。なんか脈絡ないんだよな。 そんな断片を繋いだようなこの映画の中で、一番印象に残ったのは謝肉祭と娼婦のシーンだ。LSDによる幻覚によって、意味のあるような、ないようなシーンが、都合10分以上にわたって延々と繰り広げられる。あそこは見ているうちになんだか本当に眩暈がしてきた。このシーンで語られる台詞のほとんどが、キリスト教に関係があると思われる内容であるため、もしかしたら、キリスト教圏の人にとっては更に衝撃的な意味を持つシーンなのかもしれない。しかし、そういう宗教観を抜きにしても、幻覚の不気味さを十分に感じられるシーンではあった。てっきりそのままこの映画が終わってしまうんじゃないかと思ったほど。圧倒的な迫力を理性ではなく、直接感覚に訴えてくるシーンだった。 |
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この謝肉祭に比べると、他のシーンは行き当たりばったりというか、こういう旅を彼らはしました。というくらいの印象しか受けない。下手なドキュメンタリー映画みたいだ。ま、それでも当時のアメリカ文化の片鱗でも感じられるという点では面白かったけど。 あの世捨て人達の村は何だったんだろう。ああいう人たちが本当にいたのだろうか。あまりにも浮世離れしており、およそ現実味というものがなかったんだけど。 その直前に、大地に根を下ろし、子供達に囲まれた健康的な開拓生活を送っているカトリック教徒の家族のシーンがあっただけに、余計世捨て人達の生活が奇妙に見えたんだろうな。そういう生活を、この映画の製作者は批判したかったのか、礼賛したかったのかははっきり分からなかったが、主人公達が感じていた戸惑いからして、前者、つまり世捨て人達にあまりいい印象を盛ってなかったんじゃないかと思わせる節もある。 その次にくるアル中弁護士の話は、主人公達が世捨て人達に感じていた戸惑いを、一般の人たちはより露骨な形で主人公たちに向けている、ということになるのだろうか。蔑む側から蔑まれる側にまわった、と。あの弁護士が撲殺される理由が良く判らないが、ラストシーンとともに人の命をかなり軽く扱ってる印象は受ける。 |
| それぞれのエピソードはそれぞれ解釈に難しいところがあるけれど、その合間合間にある、バイクによる移動のシーンは単純に楽しそうだなと思わせるものだった。ああいう気楽な旅をしてみたいものだ。まず日本じゃ無理だろうけど。BGMも当時のロックアーティストでも連れてきたんだろうが、なかなかの出来。気楽そうな旅だからこそ、「これからも旅は続く」的なエンディングにはならなかったのかもしれないな。それじゃ話に締まりがなくなってしまうからな。 ま、何にしても、僕にはやや難解に感じるところの多い映画ではありました。公開当時に見ていたらまた、全く違う感想なり感慨を抱いたのかもしれないけど、いま見たのでは「ああ、こういう時代もあったのかねぇ」という程度の認識しか持てない。その辺は当時の「最新」の若者の生活スタイルを描いた今作品の長所であり短所でもあるところだな。 |
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