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虹の谷の五月

著者
船戸与一

 船戸与一と言えば冒険小説、冒険小説といえば船戸与一、というほどの著者による直木賞受賞作。一つの記念碑的作品になるのだろうか。短い文をテンポ良くつなぎ合わせた小気味良い文体に、構成の妙もあって、最後まで飽きさせない秀作に仕上がっている。

 舞台は90年代末、2月革命(アキノ革命)後のフィリピン・セブ島。未だにゲリラが散発し、貧しい民が搾取される田舎を舞台にしている。主人公はジャピーノ(日系)の少年、トシオ。彼が13歳のとき、一人の女性シルビアが村に帰ってくるところから物語が始まる。

 トシオが13歳、14歳、15歳のときの5月を描いた3部構成となっており、各部も、年に一回開かれる闘鶏大会、「虹の谷」に潜むゲリラ・ホセの戦い、そしてある事件をきっかけに、次第に変容していく村の様子を中心に描いている。

 第一義にこの小説のテーマはトシオの成長物語だろう。闘鶏好きの生真面目な少年として登場したトシオが、ホセの闘争を目の当たりにし、変わっていく村に抗い、やがて正義感に燃える青年に成長していく様子が実に鮮やかに描かれている。彼の周囲で起きる事件は不条理な悲劇の方が多い過酷な状況といえるが、その中にあってトシオのまっすぐな性格が浮き彫りになり、読後感は爽やかですらある。
 それは、かつて抗日軍に属していた、トシオの爺っちゃんの影響も大きい。貧苦にあえぐ現代フィリピンの中で、この二人の心意気が実に印象的に描かれている。

 船戸作品らしく、主に虹の谷を舞台にした活劇シーンも見事。寡黙な戦士ホセと彼を付けねらう元ゲリラ兵や軍人たちとの戦いも、なかなかの迫力を持って描かれている。

 また、そういった痛快な冒険小説としての側面のほか、現代フィリピンの病巣に日本が様々な影響を与えている様子がさりげなく描かれていたりして、考えさせられるところも大いにある小説だった。